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玉城 夏子(たまきなつこ)さん

株式会社読売新聞西部本社 生活文化部記者

新聞記者は“わらしべ長者”

 

汚れた海を見て新聞記者に

 沖縄出身の玉城さんが熊本大学に入学したのは、バブル経済まっただ中の1988(昭和63)年。故郷の沖縄県では、リゾートホテルやゴルフ場の建設が相次いでいた。熊本から沖縄に飛行機で帰省した時、赤土で汚れた海が見えた。「子どもの頃に遊んだ海がなぜ、こんなことになったのかと思った」と語る。
 それをきっかけに、環境問題や地域振興のあり方に関心を持ち、記者を目指した。新聞社を中心に就職活動を行ったのは、「テレビよりも新聞を身近に感じていて、『社会的な問題を発信するなら新聞だ』と思った」からだ。そして、最初に内定を受けた読売新聞に“縁”を感じて入社。佐賀支局に初の女性記者として赴任した時は、「宿直の際の仮眠室に鍵を取り付けるなど、色々な準備をして迎えてくれた」と振り返る。
 現在は、九州・山口県を中心とした西部本社版の生活情報面を主に担当し、衣・食・住・健康・・・と、身近な暮らしに関する様々なテーマを取り上げている。今年は「男女雇用機会均等法」が施行されて25年目なので、女性の働き方にスポットを当てた取材もしているそうだ。

記者が楽しんで記事を書く

 そんな玉城さんに、現在の仕事の魅力を尋ねると、「特に生活情報面は、仕事と“遊び”の境目があまりなく、ネタ探しも楽しい。例えば、休日のバーベキューで隣り合わせた人から『いま○○が面白い』と聞けば、『○○って何ですか』と会話が弾み、それが記事になる。取材を通していろいろな人と知り合い、また興味の対象が広がっていく。新聞記者は“わらしべ長者”」と答える。
 就活中の学生から訪問を受けたり、大学で話したりする時に“わらしべ長者”の話をすると、「前向きな話が聞けてよかった」と喜んでもらえるという。
「特に記者志望の人は、周りの人から『新聞不況だから目指すのはやめたほうがいい』と言われて不安になるようだ。しかし、記者が楽しんで記事を書くと、それは読者にも伝わり、読んでもらえるという手応えがある。学生にもこの魅力を伝えたい」と話す。
 もちろん楽しい仕事ばかりではない。やりがいを見いだせずに辞めていく若い記者もいる。「特に女性記者の離職は残念。ほかにやりたいことを見つけて転職や留学をする人は仕方がないとは思うが、やはり寂しい」と。

「応援する気持ち」が何よりも支援になる

 玉城さんは2000(平成12)年に、大阪の出版社に勤務する夫と遠距離結婚をスタートさせた。2003(平成15)年12月から産休と育休を取得。2005(平成17)年に西部本社社会部に復職してからの4年間は、子どもと2人暮らしで育児と仕事をこなした。「保育園や小児科医院の病児保育、ベビーシッター、時には会社の先輩の奥さんに預かってもらい、しのいできた」と振り返る。
 そうした経験から、「子育て支援は国・自治体や会社の制度充実はもちろんだが、周りの人たちの『応援する気持ち』が何よりも支援になる。自分も応援してもらったので、次に続く人を支えたい」と話す。
 2008(平成20)年からは夫が在宅勤務という形で福岡に移り、「イクメン」として育児や家事を担っている。「ワーク・ライフ・バランスの実現をテーマの1つとして取材してきたが、育児を楽しむ夫を見ていると、それが女性のためだけではなく、男性のためでもあるということを実感する」と話す。
(2011年4月取材)

コラム

済州島に行くために

 玉城さんは、半年ほど前から韓国語を勉強している。「昨年、済州島に取材に行ったとき、本土と離れた島である点や、独自の文化を持つ点などが沖縄と似ていると感じた」と言う。今では会社の仲間で先生を呼んで勉強中だ。「料理も美味しかったので、済州島の食堂で注文できるくらいにはなりたい」と笑って話す。

プロフィール

沖縄県出身。1992(平成4)年に熊本大学法学部を卒業し、読売新聞西部本社に入社、佐賀支局に配属。1995(平成7)年からは西部本社・福岡総本部社会部に所属し、県庁などを担当。その後は東京本社地方部に2年間勤務。
2003(平成15)年12月から2005(平成17)年3月に産休と育休を取得。復職してからは社会部を経て、2008(平成20)年より現職。
現在は、九州・山口県を中心とした西部本社版の生活情報面(毎週日曜朝刊掲載「くらしピックアップ」)を主に担当。






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