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【センター長コラム】 北京会議(第4回世界女性会議)

こんにちは。少しご無沙汰しました。

今回の花は、6月初めに咲いた花で、アヤメとニオイバンマツリです。

ニオイバンマツリは、何年か前、オープンガーデンを巡るバスツアーに参加したときに、ガーデンの庭先で見た花が素敵だったので、ツアーの帰り道に立ち寄った道の駅で買ってきたものです。花は紫から白にかわっていき、よい香りがします。

 

 

今回は、男女共同参画の歴史ミニ講座の続きで、1995年に開催された第4回世界女性会議について、お話ししたいと思います。

 

この会議は、1985年の第3回世界女性会議で採択された「ナイロビ将来戦略」の完全実施をめざして、将来戦略の実施状況を見直し、将来戦略が目途とした西暦2000年までの5年間に何を優先的に行うかの行動計画を立てるために開催されたものです。

 

会議のテーマは、第1回から第3回までの世界女性会議の共通テーマであった「平等・開発・平和」に、女性が前進するための弾みを社会の中につくり出すために「行動」をプラスし、「平等・開発・平和のための行動」とされました。

 

会議(政府間会議)は、中国・北京で12日間にわたって開催され、並行して、北京郊外で、NGOフォーラムが開催されました。政府間会議には、190か国の政府代表や国連機関など17,000人が参加し、NGOフォーラムには31,000人(日本からは5,000人)が参加、これまでで最大規模の世界女性会議となりました。

 

北京会議の特色は、テーマが示すように計画から行動へと行動を重視したこと、国や世界レベルで準備活動を周到に行い、広く意識の向上と気運を高めたこと、NGOとの連携を強化したこと、1990年代に相次いで国連が開催した人権や女性に関連する国際会議の集大成として北京会議を位置づけたことなどです。

 

特にNGOとの協調・連携に関しては、国連は、政府代表団にNGOが参加することや、各国が国連に提出するレポートにNGOの意見が反映されるよう呼びかけたほか、政府間会議にオブザーバーとして多くのNGOが参加できるように配慮しました。その結果、世界各国の2,000を超えるNGOがオブザーバー参加を認められ、4,300人が会議に参加しています。

 

会議の成果としては、「行動綱領」と「北京宣言」が採択されました。

「行動綱領」は、女性が力をつけ、男性と平等に社会に参加するためのアジェンダ(予定表)で、女性の地位向上において特に障害となっている12の領域を重大問題領域として指定し、各国政府や国際機関、NGOがとるべき行動を示しました。

 

12の領域とは、貧困、教育と訓練、健康、暴力、武力紛争、経済、権力と意思決定、制度的仕組み、人権、メディア、環境、女児です。

 

「北京宣言」は、各国政府が行動綱領を実施する責任を負い、その実施を保証するという決意の表明です。

 

行動綱領には、1990年代の国際社会の女性問題に対する認識を反映して、「女性のエンパワーメント」、「ジェンダー」(「ジェンダー平等」、「ジェンダーの主流化」など)という概念が取り入れられています。

 

「エンパワーメント」とは「力をつけること」で、「女性は平等に権利を持っており、権利を行使することができる」という段階からさらに進んで、あらゆる分野において意思決定を行う存在になる、権力と責任を分担する存在になる必要があるという認識を示したものです。

 

「ジェンダー」とは、社会的・文化的につくられた性別のことです。

「ジェンダー平等」とは、社会的・文化的につくられた性別が男女の役割分担を固定化し、女性が等しく権利や機会、責任を享受できない状況となっており、ジェンダーに基づく差別の撤廃を図らなければならないという主張です。

 

そして「ジェンダー平等」を推進するための戦略の1つが「ジェンダーの主流化」です。これは、あらゆる政策の計画・実施・評価のすべての段階において、政策担当者は、社会的・文化的につくられた性差があるということを常に頭に置き、一方の性が差別を受けることのないように配慮しようというものです。

 

「ジェンダーの主流化」は、女性問題を担当する部署の政策や、女性を対象とする政策のみならず、すべての政策を対象とする考え方で、「女性にかかわる政策」という限定的なものから全政策へと拡大し、「女性」政策を一般政策へと普遍化したことに意義があります。

 

私たちは、男女共同参画の推進は、女性問題を担当する特定の部署だけが行うのではなく、すべての部署が一緒になって行うものであるという認識を持たなければなりません。

 

この行動綱領では、各国政府に1996年末までに 国内行動計画を整備することを求めました(パラグラフ297)。

 

このときわが国では、政府の諮問機関である男女共同参画審議会が、1994年8月に諮問を受けた「21世紀を展望する男女共同参画ビジョン」の検討を進めていました。

男女共同参画審議会は1996年7月に「男女共同参画ビジョン」を答申し、政府は同年12月に、平成12年度(2000年)までの国内行動計画として「男女共同参画2000年プラン」を策定しました。

 

また、ビジョンの中に、「男女共同参画社会の実現を促進するための基本的な法律」を速やかに検討することが提言されました。そして、2000年プランにも法律の検討を進めることが書き込まれ、1999年の男女共同参画社会基本法制定へとつながっていきました。

 

また、雇用の分野における男女の均等取扱いを徹底するための男女雇用機会均等法の改正や、女性に対する暴力の防止も具体的に動き始めました。

 

このように、第4回世界女性会議は、日本にとっても、男女共同参画の取組を推進する新たな契機となったのです。

 

これで、一連の男女共同参画の歴史ミニ講座を終わり、次回からはまたいろいろなトピックでコラムを書きたいと思います。もちろん、まだまだ言い足りなかった歴史の話もさせていただきます。これからもご愛読くださいますようお願いいたします。また、ご質問などがありましたらリクエストフォームにお寄せください。

 

終わりは、マイ農園だよりです。ちょっと前の写真です。

ユスラウメの実が赤くなりました。夏みかんも大きいのがたくさん獲れたので皮を使ったマーマレードではなく、実だけのジャムをつくりました。

 

先週、ビワや山椒の実を収穫しました。また、ほんの少しだけですが梅干しづくりをやっていて、いま、ジッパーつきのビニール袋で塩漬け中です。

 

ではまた。                      (2020.06.18)

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