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井上 洋子(いのうえようこ)さん

精華女子短期大学名誉教授、「福岡女性学研究会」前代表

女性学と戦争体験を次世代へ受け継ぐ

 「私のテーマは二つあります。一つは女性の生き方について、もう一つは平和のための活動です」と穏やかに語る井上さん。自身の体験をもとに、20代からぶれない軸を持って活動して来た。多くの著書を出版し、80歳を過ぎた今もなお活動を続けている。

女性には開かれていなかった就職の門戸

 高等女学校での教員から新制の女子高等学校を定年退職するまで、長く勤めていた母親の姿を見て育った井上さん。九州大学文学部史学科で西洋史を専攻、教員免許も取得した。公立高校採用試験の願書を求めて教育委員会に行き、そこで予想外の対応に驚いた。窓口で、志願する科目を問われ、社会(歴史)と答えたところ、「社会は女性の採用をしないので受験しても無駄」と言われたのである。大学入試に出る科目は時間外に補習授業をするので、女の先生には無理と校長が判断する、との説明に採用時から女性差別が存在していることを痛切に認識した。
 憤慨しつつ、卒論指導を受けた教授に報告したところ、大学に残って修士まで取得してはどうか、と勧められた。ありがたい助言に感謝しつつ大学院に進学、同時に母校(教育大付属中学)の講師も務める事になった。そこでは、高校で1年上級の高木さんがすでに家庭科の教員をしていた。この出会いが、その後の活動につながった。

実体験からの女性学と、戦災被害調査

 修士課程を修了後、市立中学に6年勤め、その間に結婚。恩師の推薦で精華女子短期大学に講師として採用され、歴史学のほか被服史、住居史などを担当した。歴史学は全学共通の科目。世の中が女性にとって厳しい環境であり、改善するためになされてきたことなど、女性の歴史を中心に講義することにした。「私自身女性史の勉強をしながら毎回の授業に臨みました」。
 当時、すでに福岡教育大学に在職されていた前述の高木さんと「女子学生には就職に対する積極的な意識がみられない」という問題意識が一致し、友人や卒業生らに呼びかけ1973年、高木さんを代表に「福岡・女性と職業研究会」(現:福岡女性学研究会)を発足させた。月1回の例会でテキストを読み、テーマを分担し調べ、それらの成果をまとめた本をこれまでに4冊刊行している。1984年高木さん急逝後、井上さんが会の代表となり、短大勤務と研究会への関わりとを車の両輪のように過ごしてきたが、現在、代表は輪番制となり「ようやくほっとしているところです」。
 もう一つの使命ともいえる戦争体験の伝承は、1994年に「福岡空襲体験の語り部」の役を求められたことから始まった。この年の「福岡空襲を祈念する女性集会」で多くの参加者を前に1945年6月19日夜、10歳の井上さんと8歳の妹、67歳の祖母との3人で大型焼夷弾が命中し炎上する自宅から辛うじて逃れた体験を話した。
語り部をする準備として福岡市全体の被害状況の記録を図書館で探したところ、自宅があった当仁小学校区の被害状況が福岡市役所の統計資料の記録になく、ほかにも洩れている校区が複数あったという。せめて当仁校区内だけでも調べて資料に追記を申請しようと思い立った。当時の同級生に呼びかけ、焼失した住宅を調査した。そして少なくとも688戸が焼失したことが判明した。このことをきっかけに、記録を残す重要性を痛感し福岡県内の女性に呼びかけて、それぞれの体験を記録した文を集め1冊の本にしたのが『あなたにバトン-戦前・戦中・戦後の福岡の女性たちの体験記』だ。この本は井上さんの思いに共鳴した4人の友人との共同作業によって完成したものである。

男性も女性も、家庭と社会で活躍してほしい

 福岡のフェミニズム研究の先駆けとして知られる福岡女性学研究会は、2015年で設立42年。「女性の自立をめざす活動を長く続けて来られたことを幸せに思います。でも、数十年を経た今でも遮る壁は厚い、昨今女性の社会進出が声高に叫ばれていますが、厳しい労働環境が現状のままでは、到底無理。労働基準法のとおり1日8時間労働を守れば、男性も女性も家庭のことをしながら社会でも活躍できる。まずは女性自身が問題意識と知識を持ち、自分の意見を発言し、行動してほしい」。
井上さんの志は、研究会や本を通して次世代に受け継がれていくことだろう。
(2015年2月取材)

コラム

私の大切な時間

「私の活動を好意的に見守ってくれる連れ合いには感謝しています。 私はもともと文学少女でしたが、その後美術や絵巻物全集にも目移りし、仕事上の専門書も加わって自宅中に本や資料が積み重なっているのです、これらをどう始末するべきか、頭を悩ませているところです」と語る。

プロフィール

1934年生まれ。修猷館高校、九州大学文学部大学院修士課程修了。1967年 精華女子短期大学講師に就任、のちに教授、2007年退職。その後、同短期大学名誉教授。1973年「福岡・女性と職業研究会」(1991年「福岡女性学研究会」に改称)を設立、同研究会より『働き続ける女たち』(1977)、『家事・育児を分担する男たち』(1982)、『歴史をひらく愛と結婚』(1991)、『性別役割分業は暴力である』(2011)の4冊、「研究会報」創刊号~第4号(1974~1995)を発行。






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