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釜我 敏子(かまがとしこ)さん  (2014年12月取材)

【ロールモデル】
ロールモデルとは

染色家

妥協せず、全力を尽くして創作に挑む

 春日市の閑静な住宅街に、ひっそり佇む釜我敏子さんの自宅。美しい池と木々をのぞむ2階の工房には、刷毛などの道具が整然と並び、制作中の優美な帯が置かれていた。「最後に布を水につけると糊がとれて、模様がふわりと浮き出るの。その瞬間に思いが込み上げますね」。帯を愛おしそうに眺めながら、優しい声で教えてくれた。

型絵染の世界に魅せられ、意欲的に学ぶ

 福岡市で生まれ、高校を卒業後、2年ほど働いて退職。習い事をして過ごすなかで、ロウケツ染の教室に通い始めた。「手仕事が得意だった母にすすめられたんです。私は姉妹のうちで一番不器用だったんですけどね」と微笑む。2年で先生の助手を務め収入を得るとともに、次第に「全て自分で作ってみたい」と思うようになった。
 そんな折、佐賀の展覧会で感銘を受けたのが、佐賀県鹿島市在住だった故・鈴田照次氏(人間国宝・鈴田滋人氏の父)の型絵染の作品だ。
 「限られた空間に無限の世界が広がっていて、こんな美しい世界があるのかと感激しました」。すっかり魅了され師事したいと熱望したが、弟子は取っていない。そこで鈴田さんの教えを受けた人を探し出して手ほどきを受け、デッサンを学ぶべく、佐賀大学の研究会にも通った。その後は独学で作品を作り、32歳のとき、西部伝統工芸展に初出展して入選。型絵染に出会って、わずか2年の快挙だった。
 入選こそしたものの、技術の基礎がわからず悶々とする日々。偶然、会合で隣になった伝統的な型染の技法である長板中形(ながいたちゅうがた)の人間国宝・故松原定吉氏の子息にお願いし、福岡から東京の工房まで指導を受けに通った。「2週間みっちり教わり、福岡で半年実習をし、また2週間習いに行って…。教わるたびに、コツがつかめるようになりました」。

母への思いを胸に、作品づくりを続ける

 リビングの片隅で細々と作品を作り続けていた釜我さんにとって、大きな支えとなったのは母の存在だった。夫を早くに亡くし、商売をしながら4人兄妹を育て上げた母は、自宅の2階に仕事場を作る支援をしようと言ってくれた。だが、「自信がないから」と遠慮し断った釜我さんに、「人生、悔いのないように精一杯やってみなさいよ」と背中を押してくれたという。
 制作に没頭し、38 歳で日本伝統工芸展に初出展して入選。4回入選して日本工芸会の正会員になるのを目標とした。だが、2年目の制作中に母が倒れ、余命3か月の宣告。母を看病しながら「次も入選して、母を安心させたい」と必死に制作を続けた。2度目の入選を果たした後、母は他界。「母の励ましが本当にありがたかった」としみじみ振り返る釜我さんの目には、涙が光っていた。
 41歳で正会員に認定された後も同展で入選し続け、2007年に日本工芸会奨励賞、2012年には朝日新聞社賞を受賞。1994年に東京国立近代美術館「現代の型染展」で日本を代表する25人に選出され、2014年福岡県文化賞を受賞するなど、高い評価を得ている。

ひたむきに生きる草花の輝きを着物に表現

 型絵染は、デッサンから型紙制作のためのデザイン、型彫り、糊置き、染めといった複雑な工程をひとりで行う。釜我さんが作品のモチーフとするのは、野の草花だ。例えば、愛犬と散歩しているとき、ふと目にした草花に宿る命の輝きに心を動かされ、一気に制作が進むという。後進の育成にも力を注ぎ、長年、短大や講座などで講師を務めてきた。「私は独学で苦しい時期もあったけれど、松原先生に手ほどきを受け技術を磨いたことで、自由になれました。だから、私も受け継いでくれる人にオープンに教えていきたい。これまでお世話になった方々への、私なりのご恩返しでもあります」。
 毎年、工芸展などに出品することを自分に課し、その傍ら、オーダーの作品づくりなどもこなす。ほとんど寝る間がないこともあったが、一切妥協せず、一途に制作に取り組んできた。「私はね、自分に才能があると思っていませんし、今でも自信がありません。でも、作り続けると決め、一生懸命にコツコツと努力を積み重ねてきた。常に生み出さなければならない苦しみはあっても、好きだから続けられます。たまに、このアイデアは次に取っておくという方がいるけれど、私にはそんなこと考えられない。毎回、自分の持てる力を出し尽くして最高の作品に仕上げます。だから、制作が終わったら、いつも空っぽになるの」。研鑽を積んで一流の作家となっても、感性を研ぎ澄ませ、全力で作品に向かう。凛として透明感のある作風は、釜我さん自身の人柄と重なる。 (2014年12月取材)

コラム

私の大切な時間

 犬が好きで、長年大型犬のシェパードと暮らしてきた釜我さんが今飼っているのは、雑種のさくらちゃん。「愛するシェパードが息を引きとり、もう犬は飼わないと思っていました。でも数か月前、引き取り手のいないさくらちゃんを少し預かってと頼まれて、一緒にいるうちに愛情がわき、うちで飼うことにしたんです。いつも散歩に行きますし、さくらちゃんのうれしそうな顔を見たりすると、元気が出ますね」。

プロフィール

1938年、福岡市生まれ。福岡高校卒業後、型絵染の世界に魅了されて作品づくりに取り組み、1970年西部伝統工芸展に初出品で入選。1976年に日本伝統工芸展に入選し、1979年日本工芸会の正会員に認定される。2007年に同展日本工芸会奨励賞、2012年朝日新聞社賞を受賞。東京国立近代美術館や大英博物館、九州国立博物館などが主催する展覧会へ出品し、2011年には福岡アジア美術館で個展「釜我敏子の世界展」を開催。2014年福岡県文化賞(創作部門)など、受賞歴多数。

 

 

 

 


 

 

 

 

キーワード

【か】 【文化・芸術/伝統工芸】

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