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上村 初美(うえむらはつみ)さん

社会福祉法人全国社会福祉協議会全国保育士会 会長

生きる力を育てる保育、生死をさまよい、得た信念

 「あったかい心を育てる先生になりたい」と中学生のときに保育士になる決意をしたという上村初美さん。その志は変わることはなく、学校卒業後、38年間、一貫して保育の道に携わってきた。現在は、社会福祉法人全国社会福祉協議会 全国保育士会の会長と、社会福祉法人二葉会砂山保育園の主任保育士の仕事を兼任。研修や会議にと全国を飛び回る多忙な日々をおくっている。
 全国保育士会は、昭和31年に「子どもたちの真の幸福を守るために保母は手をつなぎ、たちあがろう!」という呼びかけに賛同した人たちの手によってつくられ、現在18万人余の会員が在籍している。「子どもの育ちを支え、保護者の子育てを支え、子どもと子育てにやさしい社会をつくる」ことを目的に、専門職としての誇りと責任をもち、会員が一体となって保育の質の向上および自らの資質向上を目指している、わが国最大の保育士(者)の組織だ。

心の根っこを育てたい

 保育士としての信念は、『生きる力を育む』こと。「人の根本、基盤を育てるお手伝いをする仕事ですから、保護者に厳しい言葉をかけることもあります」。そのゆるぎない志は、人生の中で何度も生死をさまよった経験で培われた。「子どものころに、腸閉塞で手術をしました。さらに出産のとき、帝王切開になったのですが、腸がゆ着を起こしていて、その結果、外科手術を2日続けて受けることに。術後の措置も本当に辛く、もうだめだと自分の命をあきらめようとした時に母が病室に生まれたばかりの息子を連れてきました。息子の顔を見て、『生きなければいけない!』と強く感じました」。自らの経験から『生きる力を育む』ことの大切さを知った瞬間だった。
 回復後は、より一層精力的に保育に取り組んだ。母とふたりで保育園を開いたばかりだったこともあり、「子育ては夫も巻き込みました。この子の成長に携われるのは1回だけ。夫にも親の喜びを伝えたかった」と語る。「園では、母が運営面を見ることで、私は現場で保育に没頭できました」。仕事を終えて、家に帰った上村さんが家事をする間、夫は絵本の読み聞かせや、寝かしつけ、一緒に遊ぶなど、積極的に育児に関わってくれた。それは上村さんの息子さんにもしっかりと受け継がれ、今では育児に積極的にかかわるイクメンパパぶりを発揮しているという。

保育園の役割は、身近なコミュニケーションの場になること

 約40年、保育の第一線にいる上村さんは、子育ての現状が昔とは違ってきたと感じるときがある。自分の子育てに自信が持てず、不安になる保護者は多いという。「以前なら、保護者たちが自然に集まり、みんなで支えあっていました。今はなかなかネットワークができにくくなっています」と言う。「悩みは言わなくてもいいから、拠点があることを知ってほしい。子どもの支援は若い先生たちに任せ、これからは保護者への支援をしたい」と語る。「いろんなノウハウを知っているから、子育てのパートナーとしてアドバイスできるはず。そして、子どもにも大人にも、自己肯定感が大切。『この世に生まれてよかった』と思ってほしい」と強く語る。確実に前へ前へと進み続けるその姿勢は、まさに生粋の保育者だ。 (2013年2月取材)

コラム

コラム

「ここ数年、ランの花は一年中我家に欠かしたことがないのよ」と上村さん。「先日、家で咲いていたランを保育園に持っていくと、3歳の女の子たちに、きれいね~きれいね~と気に入られて、持って帰れなくなっちゃったわ」と満面の笑顔で語る。絵本も趣味の一つ。「若いころから大好きで、たくさん集めています。できるなら“絵本おばさん”になるのが夢。仕事が落ち着いたら、読み聞かせをしながら、全国を回ってみたいの」。そう話す上村さんの目は、子どものように輝いていた。

プロフィール

昭和50年に、中間東幼稚園の教諭から保育人生をスタートさせる。4年後に、保育士だった母と社会福祉法人二葉会砂山保育園を開設。二葉会の二葉は母と自分のこと。開園以来ずっと、園長の母と二人三脚で、自身は常に保育の現場の第一線で働く。昭和55年に長男を出産。平成19年、社会福祉法人全国社会福祉協議会 全国保育士会の副会長になり、平成23年に同会の会長に就任。保育の質の向上のための研修、保育士の働く環境づくりや処遇改善の為の提言などに尽力。現在も保育園の主任保育士として現場に立っている。






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