マイクロアグレッション
特集 日常に潜む偏見・差別的言動
「マイクロアグレッション」
近畿大学 社会連携推進センター 教授 奥田 祥子さん
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マイクロアグレッション
ハラスメントの防止対策が義務化されて数年が経つものの、「マイクロアグレッション」という見えにくい偏見・差別的言動が職場で広がりつつあります。「マイクロアグレッション」は、日常の何気ない会話や振る舞いに混ざり込んでおり、被害者の心身やキャリア形成に悪影響を及ぼす可能性もあります。
本号では、職場や就活生の事例をとおして、加害者や傍観者とならないためのコミュニケーションや自己表現の方法について考えます。
日常に潜む偏見・差別的言動
「マイクロアグレッション」
近畿大学 社会連携推進センター 教授 奥田 祥子さん
ハラスメントは知っていても、マイクロアグレッションという言葉・概念をご存じでない方は多いのではないでしょうか。近年、一般的なハラスメントとは異なり、見えにくい偏見・差別的言動であるマイクロアグレッションが職場を中心に広がりつつあります。
改正労働施策総合推進法(通称「パワハラ防止法」)の施行により、2020年6月からパワーハラスメントの防止対策が大企業で義務付けられ(中小企業は22年4月から)、事業主によるセクシュアルハラスメント対策も強化されたのは周知の通りです。一方で、マイクロアグレッションの実態を把握したうえで防止対策を図っている企業は皆無に等しく、対策の網の目から漏れている大きな問題なのです。
可視化されにくいマイクロアグレッション
マイクロアグレッションの本質について、精神医学や心理学の先行研究をもとに紹介した後、具体的に筆者の調査事例から紐(ひも)解きたいと思います。最後に、マイクロアグレッションの加害者、傍観者にならないために、日頃のコミュニケーションの方法や第三者として取るべき行動などの防止対策を提案します。
マイクロアグレッションは直訳すると「小さな攻撃」ですが、個人と個人の間のミクロな関係性に着目した概念です。1970年代に米国の精神医学者であるチェスター・ピアース氏が、人種差別が精神衛生に与える影響を主題とした研究の中で提示しました。
その後、2000年代に米国の心理学者のデラルド・ウィン・スー氏が再定義し、無意識の言動に着眼するとともに、ジェンダーバイアス、性的指向・性自認の少数派に対する蔑視など、人種差別以外にも対象範囲が拡大しました。
日常、その場限りで流れてしまう「見下し」や「否定」のニュアンスが、人権を侵害する深刻な問題です。日々の何気ない会話や振る舞いに混ざり込んでいるため、可視化されにくいのが特徴です。このため、企業が従来のハラスメント事例をもとに防止対策を講じている限り、実効性は見込めないのです。被害者は不安やストレスで心身に不調をきたすだけでなく、キャリア形成に悪影響を及ぼす可能性もあります。ひいては職場の生産性が低下し、企業の損失にもつながりかねません。
事例(1)新任女性課長へのジェンダーバイアス
ここで、近年増加しているマイクロアグレッションの中から、ジェンダー問題に関わる筆者の調査事例を紹介します。最初の事例は、新任の女性課長へのジェンダーバイアスです。
中堅メーカーに勤務する39歳の女性は、広報部でメディア向け商品PRの実績が評価され、同期入社の中でいち早く課長に昇進しました。ところ
が、課長就任早々、以前所属していた総務部の上司だった次長に社内の廊下で呼び止められ、ニヤッと笑いながら「今の時代、女性は得だよね」と言葉を投げかけられました。まるで実力で管理職に登用されたのではない、と言わんばかりですね。次長の隣にいた社員2人も、薄ら笑いを浮かべて同調しているように見えたといいます。女性課長は「悔しさと憤りで、しばらく仕事に集中できなかった」と苦しい胸の内を明かします。このメーセージには「女性は能力が低く、過剰に優遇されている」という偏見や差別が潜んでいるのです。
事例(2)就活生に対するジェンダー規範の押しつけ
次の事例は、就職活動中の学生に対して、古くからある「男らしさ」「女ら
しさ」のジェンダー規範を押しつけるものです。ある男子学生は大学4年生の春、就職試験の第一次面接で企業側担当者の男性1人から、「仕事を取ってくるまで会社に戻って来ない根性はあるか?」「文化系サークル所属だが、営業で外回りを続ける体力は?」と矢継ぎ早に質問されました。こうした言葉の背後には、規範から外れる人たちに対する偏見・差別の意識が見え隠れします。この男性は別の会社に就職しましたが、「僕は昔ながらの男らしさを持ち合わせていない。自分の人格を否定されたようだった」と当時のつらい心境を振り返ります。
いずれのケースも職場の日常会話や面接試験の一場面として流れてしまいましたが、相手の心に深いダメージを与えました。加害者に偏見・差別的言動であるという自覚がなかった可能性が高く、周囲の人が同調したり座視したりして被害者のために何もしなかった点も問題です。
加害者、沈黙する傍観者にならないために
では、どのようにマイクロアグレッションを防げばよいのでしょうか。まず、自分の言動を振り返り、それが意図せずとも、偏見や差別を含み、相手を傷つけている可能性に気づくことです。そのうえで、日頃のコミュニケーションや自己表現の方法を見直すのです。
現場に居合わせた場合は、見て見ぬふりや沈黙、笑い、同調的発言で受け流したりせず、アクティブ・バイスタンダー(行動する傍観者/第三者)として、加害者に働きかけ(介入)、被害者の支援者になることが重要です。話題を変えるなどして加害者の意識を被害者からそらしたり、一緒に動いてくれそうな人に助けを求めたりする。さらに、被害者の味方として声かけや相談窓口への付き添いなどの支援を行い、場合によっては直接、加害者に指摘することも必要です。ただ、第三者の加害者への直接介入は相手から仕返しなどのリスクもあるため、注意しなければなりません。
互いの価値観を受容し、意思疎通を図るために効果的なのが、アサーティブネス。自分の意見を一方的に強引に押しつけるのではなく、相手の話を聞いてその考えなどを尊重しながら、自分の意見や要求を率直に明確に伝えるコミュニケーションの方法を指します。
「ちゃんと」「しっかりと」など曖昧で強制的な表現を避け、分かりやすい言葉で伝えること。さらに、「私はこう考える」「~してもらえると私は助かる」などと、「自分」を主語にした話し方を心掛けるとよいでしょう。話す相手を視点にしてしまうと、「(あなたは)~するべきだ」といった伝え方になり、相手はそれを攻撃的な表現として受け止めかねないからです。
性別や年齢、性的指向・性自認、疾病・障害の有無、国籍など、同じ職場で一緒に働く人たちの属性や働き方が多様化するなか、誰もがマイクロアグレッションの加害者になる可能性があります。まずは自己点検から始めてみませんか。
近畿大学社会連携推進センター 教授
奥田 祥子(おくだ しょうこ)
専門は労働・福祉政策、ジェンダー論、メディア論、医療社会学。博士(政策・メディア)。元読売新聞記者。
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程単位取得退学。2000年代初頭から社会構造を問うべき問題として男性の生きづらさを追う。男性とケア、職場のハラスメント、介護離職問題、男性の育休取得や女性登用、シニア人材戦力化の課題、労働問題の医療化等を研究。最長で20数年にわたり、同じ取材対象者に継続的にインタビューを行い、取材者総数は男女計2000人近くに上る。うち半数が継続取材の対象者。主な著書に『シン・男がつらいよ』『等身大の定年後』『社会的うつ』『男性漂流』『「女性活躍」に翻弄される人びと』などがある。
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あすばるライブラリーの蔵書の中から、今回、寄稿をいただいた奥田さんの著書をご紹介します。

『シン・男がつらいよ 右肩下がりの時代の男性受難』
奥田 祥子/著
朝日新聞出版

『「女性活躍」に翻弄される人びと』
奥田 祥子/著
光文社

『男性漂流 男たちは何におびえているか』
奥田 祥子/著
講談社
