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中島 加代(なかじまかよ)さん

農家民宿「大道谷の里」 共同代表

田舎暮らしと農業を知っているからこそ

 「ここに人が来るようになって、農家の暮らしはいいなって改めて気付きました」そう語るのは、八女市立花町で農家民宿『大道谷の里』を運営する中島加代さん。田舎暮らしの魅力を伝えたいという想いが徐々に形になってきた。

この道の活性のために

 農村漁村地域において自然、文化、人々との交流を楽しむ滞在型の余暇活動をグリーンツーリズムというが、中島さんの取組は、この言葉が世間に浸透するよりも前からスタートしていた。県道4号玉名八女線沿いの広い農家で、農作業の合間に手作りの料理を出していたら、近くで採れる野菜の美味しさと、中島さんの人柄が評判となり、多くの客が訪れるようになった。「中島さんとこに泊まってみたい」という客のリクエストが増え、1996年農家民宿をするための簡易宿所の許可を取得。農家民宿「大道谷の里」が本格的に動き出した。最初は研修などでの利用者が中心だったが、最近は、家族客が多くなった。山菜採り、キウイ狩り、栗拾いなど四季折々の農業体験や民宿のすぐそばを流れる川で遊び、地元の新鮮な野菜を使った田舎料理を食す。こうした自然体験は、都会に住む人の心をあたたかく包む。

農家や地域資源を守るための農家民宿

 中島さんは夫と二人でこの民宿を営む。山の仕事と道の駅「たちばな」の社長を務める夫と、深夜1時~2時まで皿を洗う日が何年も続いたそうだ。「どうせやるなら、寝ないでがまださやん(注:がんばらなくちゃ)!」と自分に言い聞かせながら。そんな中島さんを見て、近所の人が手伝いを申し出てくれるようになった。そしてシルバー人材センターに、草取り作業などを依頼するように。人を雇うなんて考えたこともなかったが、雇用を生むことが、地域の人とより良く関わることになり、仕事のやりがいにつながる。自分たちのしていることが地域に貢献できることに気付いた。
 田舎暮らしの魅力に惹かれ、遠くに住む親せきまで頻繁に手伝いに来るそうだ。定年退職後に見つけた新たな「やりがい」が、イキイキとした時をもたらすようで、キウイの受粉作業や摘果、草取り、そして買い物から料理まですすんでこなす。客に筍掘りを教える時も自然と笑顔になっていく。
 夫と二人で始めた「大道谷の里」に人が集まり畑や山の作業をする。荒れかけた里山に人が手を入れることで、地域の資源と自然が守られていく。今では地域全体が応援しているように感じているそうだ。人間が大好きな中島さんの人懐っこい笑顔と飾らない人柄が人をひきつけるのだ。

商品を磨いて田舎を元気に

 友人の上島登美子さんと起業した「元気印・カヨとトミーの加工所 山の神工房」で販売する梅干しが、インターネットやテレビで紹介され、たちまち注目を浴び、六本木ヒルズのうどん屋で取り扱いが始まった。
 そのほか、全国から選び抜かれた商品が並ぶことで知られる渋谷の複合施設で、今夏、都道府県ごとにパッケージされたお中元の、福岡県パックの中に中島さんの梅干しが選ばれている。「福岡でこんなに美味しい梅があるのか」と言われ嬉しかったそうだ。
 夢は地元で採れた野菜を菓子にしたり、特産の梅を使った商品を増やし、若い人が働く会社をこの立花町につくること。「やりたいことがありすぎて120歳までは死なれん!」と満面の笑みで語ってくれた。
                                                  (2013年6月取材)

コラム

コラム

1992年ヨーロッパ研修旅行でドイツの村を訪問した際、村長と客が一緒に歌うとても楽しい「おもてなし」に感銘を受けた。農家をしながらこんなに楽しい生活があることを目の当たりにした。皆でお礼に『さくらさくら』を歌った時「こんなに楽しい日本人は初めて!」と言われたそうだ。中島さんはそれから民宿で『野に咲く花のように』そして『千の風になって』を歌うようになった。現在はこれだ!と感じる次の曲との出逢い待ち。夫や地元の郵便局長たちと月に一回のバンド練習も。年に二~三回施設などのイベントで披露。毎月二回のピアノレッスンも10年間欠かさない。音楽と歌が大好きな中島さんだ。

プロフィール

八女市立花町白木出身。22歳で結婚。1995年に農家レストランのための飲食店営業の許可取得、翌年に「大道谷の里」をオープン。現在、地元の商品開発や地域活動に積極的に参加している。






キーワード

【な】 【農林水産】 【国際・まちづくり】

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