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小松 啓子(こまつけいこ)さん  (2012年12月取材)

【ロールモデル】
ロールモデルとは

社会福祉法人北九州市手をつなぐ育成会 理事長 (取材時:福岡県立大学 人間社会学部長)

人が人らしく生きるということを問い続けたい

 小児栄養や、妊産婦栄養などの研究を続ける傍ら、田川市の男女共同参画審議会の会長も務める小松さん。栄養学という専門分野から保護者たちの生の声を聞き続けてきた。朝食欠損の問題が取りざたされるようになって久しいが、「今のお母さんはなってない!」とバッシングするのではなく、背景にある生活実態を理解しなくてはいけないと強く語る。母親にとって非難するだけでない小松さんの声は、エールにもなっているようだ。

できる方がやるというスタイル

 小松さんは大学院卒業後、1979年徳島大学医学部栄養学科で助手として勤務を始めた。この助手時代に同じ大学で研究していた夫と結婚、子どもを授かった。「年下の夫で、結婚当時はまだ学生だったんです。私が稼いでいました」。家事はもちろん、保育園の送迎や行事もやれる方がやるといったスタイルだった。
 その後、夫は福岡県にある産業医科大学へ病院栄養部主任として入ることになった。単身赴任も考えたが、子どもが小さかったこともあり、自分は仕事を辞めて夫についていくことに決めた。小松さんは同大学の訪問研究員として入局。やがて小児科の教授から「動物ではなく、人間を対象に研究してみたらどうですか」という誘いがきた。
「アフリカの低栄養の子どもたちを救いたくて、動物を使った研究をしていましたが、教授の言葉で、日本の子どもとお母さんへの栄養指導の大切さに気付かされました」。病院に来る相談者と話すうちに、子どもの肥満と大人の肥満の違いが分かり、低出生体重児のフォロー外来ではこれまでの研究をいかした指導ができるようになっていった。

実社会との違いを実感した委員活動

 1980年には博士号を取得していたこともあり、1987年、福岡県立社会保育短期大学に助教授として着任することになった。ちょうどその頃、行政の委員会では、女性を配置しなくてはいけないという方針が打ち出されていた。5年後、前任から「ぜひ小松さんを」と背中を押され、田川市の女性問題懇話会の委員長を務めることになった。
 小松さんは現場の声を汲み上げ、田川市男女共同参推進条例の制定や男女共同参画プラン策定に尽力した。その頃、田川市の女性管理職はゼロ。まずは庁舎内の意識を変えようと、管理職への女性登用に取り組んだときのこと。「どの人に声をかけても、『私、お茶くみしかしてきてないから、役職なんてとてもできない』と断られたんです」。小松さんが歩んできた環境は、男女の差は感じられず、私生活においてもパートナーと平等に暮らしていた。自分の置かれてきた環境と、実社会とのずれを感じた。「私の周りでは、教授も自分でコピーしお茶を入れてらしたから、ちょっと驚いたんです。なんだか先取りした生き方をしてきたんだなと思いましたよ」。

生活背景も考えた方針が必要

 今は大学で教鞭を取りながら、子どもの朝食摂取率などの調査研究を進めている。「朝食をとらない子どもが増えていますが、若いお母さんたちをバッシングするために調査をしたのではありません。共働きが当たり前の世の中で、昔とは状況が違う。生活背景を考えて、改善策を立てなくちゃ」。子どもの朝食前に家を出なければならないことや遅くまで働き夕食が深夜になってしまい、朝食をとれないという悪循環。その葛藤の中に女性がいるという小松さん。「自分を責めないで」と優しく訴える。「これは、筑豊だけの問題じゃない。日本中のお母さんが抱えている問題」。小松さんの働きは、ワーク・ライフ・バランスを考える今の子育て世代にとっても一つの指針を与えてくれることだろう。

                                                                                                   (2012年12月取材)

コラム

職場である福岡県立大学のお隣、伊田幼稚園の園児たちと「ちびっこ農園」活動をしている小松さん。土いじりが好きで、将来は自分の畑を耕して美味しいお野菜を作りたいと思われています。職務が多忙でなかなか時間が取れないのが現状。そんな中、子どもたちと共に土をいじる「ちびっこ農園」は、小松さんにとって最高の充電時間となっています。

プロフィール

 1976年日本女子大学大学院家政学研究科修士課程を修了(家政学修士)後、1979年徳島大学大学院栄養学研究科博士課程を単位取得満期退学、1979年徳島大学医学部栄養学科・特殊栄養学教室(助手)勤務し、1980年、徳島大学で保健学博士を取得。1983年から産業医科大学小児科学教室訪問研究員として在籍し、小児科外来・病棟で栄養指導を担当しながら研究活動を展開(2007年迄)。1987年福岡県立社会保育短期大学(助教授)、1992年福岡県立大学移行後、人間形成学科教授に就任。2007年看護学部看護学研究科開設と同時に看護学研究科教授に就任。2014年3月同大学を退職。2014年4月から、社会福祉法人北九州市手をつなぐ育成会理事長を務めている。
また、田川市において、食育検討委員会委員長、男女共同参画審議会会長、 0歳教室運営委員会委員 、青少年アンビシャス運動筑豊地域推進委員 、シルバー人材センター企画提案方式事業推進委員会委員長などを歴任している。

 

 

 

 


 

 

 

 

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